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Fuwari_fuwari ふわふわり suwa.exblog.jp

ながのひむかいこんにちは


by SUWANAGANO

ことば


木曜日に、図書館司書の先生とお話する機会がありました
司書の先生が、とある論文をプリントアウトしてくださり
「今、アメリカの大学でライブラリアンと呼ばれる職業が絶滅しつつある」
自分は、図書館学が専門ではないので、この論文を読んでも、
情報学から見ると、ここに書かれていることは、すでにネットがアメリカで商業利用された頃から
正確に書けば、アメリカの公共施設図書館などのLAN化にはじまるネット技術によって発展してきた現代の通信情報網の背景を考えれば、驚く事もない論文だったのですが
図書館関連の方々にとっては、あの石松久幸さんが、文章として改めて公開されたのを見ることは、
現実とこれからの日本の図書館の在り方を考えさせられる文であったようであり
帰宅後ネットサーフィンしてみたところ、様々なところでこの論文をとりあげられているようでした
この内容については、ここで書くことはいたしませんので
興味のある学生さんはNDL-OPACにて検索できますので、学校にて検索してみてください
(^^♪

で、この話から、読書の話になり、そして、文章、言葉、語句について、雑談を少々
読解力の低下、については、もう数年前から危惧されている問題であるけれど
語句の意味がわからない子供が増えてきたような気がしますね、と

昔は、文と文との間を、裏を読み、心情、主張、作家の言わんとすることを読みとり感じていたものが
今は、単語、が、理解できない子が多くなっているような
だから、相手が話す意味も、先生に言われる意味も、正確に理解できず、
結果としてコミュニケーションもとれなくなってきていますねえ


そして、本日、拝見しているブログに
内田樹さんの「構造的日本論」が、抜粋紹介されており、これまた興味深い記事

>言いたいこと」がまずあって、それが「媒介」としての「言葉」に載せられる、
>という言語観が学校教育の場では共有されている。
>だが、この基礎的知見は果たして適切なのか。

>私は私が 書いている言葉の主人ではない。
>むしろ言葉が私の主人なのだ
>言葉の力とはそれを思い知る経験のことである。
>早熟の書き手なら十代でそれを経験する。
>言葉の力には言葉に対する畏怖と欲望、
>不安と信頼とがないまぜになっている。
>言葉を単なる主体の思考や美的感懐の表現手段
>だと考えている人々は、「言葉の力について無縁な人々である。

と、まぁ、手厳しく書かれていらっしゃる、内田さんならではの表現方法でありますが
現代を表現するとても興味深い文であり、言葉の力の再発見にもなれるような気もします
興味のある学生さんは、これまた読んでみてください 図書館にあるかな?

で、さらに、言葉の力よりも、もっと、つきつめていくと
言葉、語句、語、になる訳でした

今、自分が、数ヶ月かかっても終わらぬ、七転八倒している仕事のひとつに
日本語から英語に訳したもののチェックを行う作業があります

これが、この言葉、というものが、作業をすればするほどトツボにはまり
はまりだすと、なんて自分の日本語に対しての知識がなかったのか、と、
日本語自体の見直しをして、と、まったく作業がはかどらない状態でありまして
(ーー゛)

そんな中で、今、特に大変役立つ参考書として、暇があれば読んでいるのが
NHKのトラッドジャパンのテキスト
9月号から購入していたので、それ以前の号は、NHK出版で購入いたしました

これが、なかなか面白く、というより、日本語の単語、文章、などについての解説が、とても明快に、理論づけられて書いてあり、英語のテキストでありながら、すっかりワタクシは日本語のテキストとして読んでいる毎日です

たとえば
トラッドジャパン8月号P192
ゼロからの出発、というコラム
抜粋要約してしまいますが
仕事趣味などで、「ゼロからの出発」「ゼロからやり直す」 のゼロの意味
ゼロは英語で、ZERO 漢字に書き直せば「零」
ところがなぜか「零(レイ)からの出発」とは言わず、この違いの背景には、「zero」と「零」の微妙な差が隠されている気がします、と筆者であるトラッドジャパンプロデューサー長野真一さんは前置きし

(以下抜粋)
zeroはそもそもnothing at all の意味で、原義はアラビア語の「からっぽの」だそうです。
つまりzeroは「全く何もない」というニュアンスを持っている言葉です。
一方「零」は、古くは「0」に対応するものではありませんでした。辞書を見ると、「零」は、「雨のしずく、こぼれ落ちること」「きわめて小さいこと」「はした、あまり」などの意味もあります。
「零細」という熟語もあるとおり、「零」はわずかながら存在している様子を表す文字で、厳密にいえばもともとzeroとは違う意味だったのです。

何もないことを示す言葉として、日本語には「無」や「空」という言葉もあります。
これらの方が英語のzeroに近いかもしれませんが、それでも「無からの出発」とは言いません。
「無」は単に「有」ではないことを示すだけでなく、仏教や道教などの世界では、西洋の「神」の存在にも似た、絶対的で根本的な概念として考えられてきました。

・・・・
全部書いては引用になりませんので、後は、トラッドジャパンの8月号を読んでみてくださいませ
(^^♪

図書館学を習う学生さん達にとって、また、国文科英文科からはじまった短大の歴史からも、言葉、文字、単語、というものは、単なる文字の羅列ではなく、語源、使うべき時、場所、状況、などなど
微妙なニュアンスの違いを使い分ける日本人の繊細な心情を表現する方法のひとつであり、興味もって文字に向き合ってもよいかとも思います
(^^♪

4月号のトラッドジャパンには友禅のカテゴリ中に、put on akimono と wear a kimono
の違いが書かれており、
ここから、日本人が衣類に強い関心を持っていることを説明し、聖徳太子、平安時代、江戸、幕末などの時代における衣類と色についての説明もまたされています
留学される学生さんにも、これまた日本文化を紹介するのにも役立つ事がたくさん書かれています
(^^♪

ワタクシは、単純に、日本語でとある言葉を英語にすると? 程度の関心で、トラッドジャパンを購入したのですが
日本語に対しての自分の無知さを知ることとなり、日本語に無知であることは、日本の歴史にも無知であり
英語をちょっと勉強してみようか、が
今はすっかりトラッドジャパンのテキストは、日本語の勉強をするようになってしまいました

好きだった方のお一人に辞書で有名な、金田一春彦さんがおります
ら抜き言葉にも対して、ら抜き言葉はなくならないし、ら抜きに進んでいくのが自然な流れと言われ
かつ、歴史的背景、日本特有の道理感、歴史、宗教、信仰などを踏まえた上での、様々な著書や記事を読むこと聞くことは、とても興味深いものでした

言葉って、難しい(ーー゛)
それでも、TPOに応じて、正しい日本語というものを、使える訓練はしたいなあと、しみじみ、終わらぬ英語チェック作業に悪戦苦闘しておる毎日です
\(◎o◎)/!

ちなみに、本ブログは、まったく、文字、文体、気を遣わず、読み返しもなく、書いていますので
そのところ、、、よろしくです
きちんと書くときは、きちんと書いておりますので(どこが~)
それは、読んでいらっしゃる方々も、おわかになりますでしょう(笑)

まぁ、おっばかぁ、でありますので、あんまり気にしないでくださいませ~~
数字とアルファベットみていてほうが、おちつくわぁ (*^。^*)

でした
以上、ワタクシの国語の自習時間で、ありました (^^♪
by suwanagano | 2009-10-23 02:29